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快眠のために時間をコントロール!生命科学者が教える、
体内時計の真実

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2017年、体内時計のメカニズムを発見した米国人研究者3名が、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。体内時計とは、体の中に備わっている時間を司る部分のことで、近年、その仕組みが徐々にわかってきています。

実はこの時計の働きが乱れると、本来は眠いはずの時間なのに寝つけなかったり、起きていなければならないのにぼんやりしてしまったりと、「時差ぼけ」のようなことが起こるのです。体内時計の働きを意識することで、日中はつらつと動ける体にできるといいですよね。そこで、生命科学者で東京大学大学院医学系研究科教授の上田泰己先生に、体内時計の仕組みや快眠のためのヒントなどを伺いました。

そもそも日本人は睡眠が足りていない

睡眠時間は「平均して7.5時間程度がちょうどいい」とされています。ところが日本人は、先進国の中でももっとも睡眠時間が短く、統計によると働き盛りの30〜40代の平日の平均睡眠時間は6.5時間程度であると言われています。

「睡眠不足になると人の作業効率は悪くなりますから、社会的損失もかなり大きいもの。睡眠が足りていないと思考力が落ち、判断力や頭を使うことを求められる作業が難しくなっていきます。睡眠のメカニズムはまだ研究でわかっていないことも多いのですが、きちんと体が休まるよう睡眠時間を確保することが、健康への第一歩です」(上田泰己先生、以下同)

満足できる睡眠時間は体調によって決まる

睡眠時間はそれなりにとっているのに、眠りが浅い感覚がしたり、朝起きるのがつらかったりすることはありませんか。それは、そのときの環境や体調によって、体が欲する睡眠時間に差があるからです。

「たとえば日中特に動いたり、発熱したり体調が悪かったりするときには、体が休むよう信号を出し、眠気が強くなります。一方、火事や地震などの緊急事態のときなど、眠ってはいけないときは、普段寝ているような時間帯でも覚醒します。睡眠は、いつ、どれだけの量、どんなタイミングでとるかで、体への作用が違ってくるのです。いつもと同じ睡眠時間をとったのに眠気を感じるときは、体調に変化がないか気にしてみましょう」

体内時計は朝の強い光でリセットされる

体内時計は、アナログ時計がぐるぐる止まらずに動き続けるように、24時間サイクルで常に動き続けています。体内時計の中枢は、視神経が交差する上の視交叉上核という部分にあり、そこから各細胞や臓器の時計に対して指示を出しているのです。つまり、体内時計は体の中にひとつではなく、多数存在していることがわかっています。

「それぞれの時計がバラバラに時を告げると打ち消し合ってしまい、全体として非常に弱い時計になってしまいます。しかし、朝起きたときに浴びるような強い光が視交叉上核に届くと、体内にあるさまざまな時計がリセットされ、時刻が合うよう時計のズレが調整されるのです。時計に合わせて、血圧や脈拍、体温やホルモンの分泌量などが調整されますから、睡眠障害の方に向けて、人工的な強い光を浴びさせることで体内時計をリセットする、という治療法も確立されています。朝起きたらしっかり太陽の光を感じられるよう、カーテンを開けたり明るい部屋で過ごしたりするといいですね」

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午前中は強い光を浴びて体を動かすこと

体内時計が朝の強い光をキャッチすると、そこからおよそ14時間後に眠りのホルモンの分泌がはじまります。

「眠る時間なのになかなか寝つけない……という方は、眠りたい時間から逆算して、その時間にしっかり光を浴びて体を動かすようにしましょう。運動をすると、夜眠るときにメラトニンという夜に出てくるホルモンの分泌が盛んになります。また、運動をすると脳の細胞の中にカルシウムが入ってきて、脳がしっかり休まるという研究結果もあります。カルシウムは運動したときや頭を使ったとき、たくさん考えたときに入ってきますので、日中を活発に過ごすことが夜の眠りの質を高めてくれるでしょう」

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人はまとまった時間を眠ることができる

人は、ほかの動物と違って、まとまった時間眠ることができる能力を持っているので、たいていは6〜7時間起きずにまとめて眠ることができます。一方で、たとえば小動物は、寝たり起きたりを繰り返しているのです。

「なぜ人がまとめて眠ることができるのか、くわしいことはわかっていません。野生動物と違って危険が少ないから眠ることができるのか、あるいは、まとまって眠ることが人間にとって必要なのかもしれません。いずれにしても、まとまって眠る理由があってのことだと思うので、眠りが途中で妨げられないよう、部屋を暗くしたり適温を保てるような寝具を使ったりと、寝る環境を整えておくといいでしょう」

レム睡眠は学習するために必要な時間

睡眠中、わたしたちは「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」という異なる状態を交互に繰り返しています。眠りに入ったあとは、脳の血流が低下して休息状態になり、深く眠るノンレム睡眠に入ります。その後しばらくたつとレム睡眠という浅い眠りの時間がやってくるのです。

「レム睡眠が来たときに起床すると目覚めがよいという話がありますが、ノンレム-レム睡眠のサイクルはまちまちなので、目覚めがよい時間帯を正確に知るのは難しいところです。また、レム睡眠時は眠りが浅くなり、途中で起きてしまうこともあるからレム睡眠は必要ない、と思う方もおられるかもしれませんが、レム睡眠しないように操作したマウスの研究では、レム睡眠がなくなると、学習機能が低下していくことがわかっています。レム睡眠は学習と深く関わりがある時間なのだと思います」

体内時計の整え方

体内時計がバラバラになってしまう理由はさまざま考えられますが、体内時計は前日に起こったことを予想して、翌日も同じリズムで動こうとするので、毎日違う時間に寝起きしたり食事したりと不規則に過ごしたりしていると、乱れやすくなります。

「一般に“不規則な生活”と言うと、夜型生活のようなイメージがあるかもしれませんが、毎日夜型の生活をしているのであれば、それはその人にとって規則正しいと言えます。今のところ、夜8時間眠るより日中8時間寝るほうが体に悪いとか、ぼんやりしやすい、などというはっきりとしたデータはないので、どのような時間帯でも、毎日同じリズムで生活することを心がけると、体に負担がないかもしれませんね」

1. 夕方から夜にかけての時間帯は落ち着いた光で過ごす

朝のような強い光を夕方から夜にかけても浴びていると、体内時計に遅れが生じて、眠くなる時間が遅くなることがわかっています。「朝や日中は光を浴びて生活することがおすすめですが、夕方から夜にかけても同じように光を浴びていると、入眠を妨げることにつながります。夕方以降は強い光を浴びないよう、寝室の明かりを暖色のやさしいものに変えることもおすすめです」

2. ブルーライトカットの商品を使う

ブルーライトとは、文字通り「青い光」のこと。紫外線に近く自然界にも存在しますが、パソコンやスマートフォンから出る明かりも同じブルーライトです。「ブルーライトは、本来は日没後に入ってくるはずのない光です。それが、夕方や夜でもパソコンやスマートフォンから届き続けるので、体内時計に影響が生じてしまうのです。プルーライトの除去には、シートを貼ったりアプリケーションを入れたりするなどの対策ができますから、午後の仕事が眠りの妨げにならないようにしましょう」

3. 週末に寝だめしない

忙しい平日は短い睡眠で乗り切り、週末にたくさん寝る、というのは、睡眠不足の解消にはなるでしょう。しかし体内時計はそのぶん狂ってリズムが乱れ、体調に変化をもたらします。この状態を“社会的時差ぼけ”と呼びます。「睡眠が足りていれば、週末も平日と同じ時間に起きられるはずなのですが、平日よりも週末のほうが起きる時間が遅くなるということは、睡眠不足であると言えます。できれば週末一気に睡眠時間を確保するのではなく、毎日の睡眠時間を少しずつ多くとることで調整できたらいいですよね。週末に寝だめしてしまうと、また早起きしなければならない月曜日に体がだるく、つらくなることもあります」

4. 体内時計によい効果をもたらす食習慣を意識する

最近の研究では、高脂肪の食事が体内時計を遅らせることや、朝食を食べることが体内時計をリセットしやすくなることなど、食事と体内時計の関係が少しずつ明らかになってきています。「夜ご飯を早めの時間に食べて、次の朝ごはんまで14時間以上の絶食を行うと、同じカロリー量を摂取しても太りにくく体もより健康になることが知られています。体内時計と食事のよりよい関係は、健康的な体づくりにつながると思います」

眠りについて悩んでいるときは診断を受けること

うまく睡眠がとれない、寝ているのに眠った気がしないなど、睡眠について悩みがある場合は、きちんと医師の診断を受けることが大切です。ただ眠れていないだけだからと放置しておくと、また眠れなかったとストレスになったり、疲れがたまってきて事故や怪我につながったりする場合があるからです。

「たとえばうつの患者さんでは、ノンレム-レム睡眠の時間が乱れたり、レム睡眠の時間が多くなったりと、眠りのサイクルが乱れることがわかっています。うつ症状の緩和は、レム睡眠の長さが適切になっていくことと相関していると言われていますから、適度のレム睡眠が人にとって重要であると言えるのかもしれません。現代では、不安になると出てくるホルモンを抑えることで入眠しやすくなる薬や、眠りのホルモンと呼ばれているメラトニンの作用を助ける薬など、さまざまな開発が進んでいて注目を集めています」

体内時計は、睡眠だけでなく体全体の健康に関わってくる大切な器官です。運動や食事の仕方なども体内時計の安定につながりますから、寝ている時間に注目するだけでなく、起きている時間をどのように使えばよいか生活のサイクルを見直して、快眠できるよう気をつけて習慣づくりを心がけましょう。

Profile

生命科学者 / 上田泰己

東京大学大学院医学系研究科教授。2003年、大学院生のときに最年少で理化学研究所チームリーダーに抜擢。2013年10月より東京大学医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室教授となる。専門はシステム生物学・合成生物学で、概日時計や睡眠・覚醒リズムなどをテーマに生命の時間の解明に取り組んでいる。

取材・文=吉川愛歩 編集協力=Neem Tree