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カレー研究家・水野仁輔氏が満を持して送り出す構想11年で煮詰まった
カレーをシステムで理解する本の中身

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だれが言ったか、「夏はカレー。」太平洋高気圧とともに、日本列島を“カレー熱”が覆い尽くすこの時季を前に、業界の第一人者が『システムカレー学』を上梓しました。帯には「もうレシピは要らない。全てのカレーはイメージ通りにデザインできる。」の一文。なんとも興味深いメッセージです。

著者は、1999年から四半世紀にわたって活躍する“カレーの人”、水野仁輔さん。本書をつくるにいたった理由や、同書に込めた思いなどに、ブックセラピストの元木忍さんが迫りました。

水野仁輔『システムカレー学』(NHK出版)
カレー界の第一人者として、レシピ本をはじめ多くのカレーバイブルを上梓してきた著者が「もうレシピは要らない」と世に問うた意欲作。四半世紀にわたってカレーを研究してきたからこそたどりついた、あらゆるカレーを思い通りに作るためのロジカルな羅針盤。

レシピに頼らずとも
自分好みのカレーは自由に操れる

元木忍さん(以下、元木):今回の新著は、2013年に上梓された『カレーの教科書』(NHK出版)にルーツがあるんですよね?

水野仁輔さん(以下、水野):はい。実はそのなかで、「システムカレー学」についても6ページにわたって書いているんです。ただ当時は、その程度しかアウトプットできるものがなくて。そこから約11年間で情報と経験が蓄積され、1冊にできるだけのイメージが固まりました。

水野仁輔さん。『カレーの教科書』は、本書でも書かれている独自の「ゴールデンルール」を基に、カレーの成り立ちや調理のハウツーなどが解説されている。

元木:「もうレシピは要らない」という一文が印象的です。これは「もうレシピを見なくてよくなるようにしましょうね」という提案ともいえますか?

水野:説明が難しいんですけど、レシピに従って作るカレーの発想転換ですね。僕自身が普通と逆といいますか、基本的にプロアマ問わず、カレーはレシピというルールに沿って作るもの。でも僕の場合、自分が作りたいカレーが先にあって、完成後に振り返って記録したものがレシピなんです。

元木:面白い考え方ですね!

水野:数年前にスパイスカレーの認知が広がったころ、僕と仲がいいシェフが何人もレシピ本を出したんですね。で、彼らは「自分のレパートリーを注ぎ込んだから、1冊で精一杯。水野は何冊も出してるけどよくそんなにレパートリーがあるね」なんて言うわけです。その理由も、僕の考え方にあるのかなって。

元木:そういえば、本書のはじめに「二度と同じカレーは作らない」がモットーだと書いてありました。ということは、レパートリー自体は作ったカレーの数だけあるということですね。だから、レシピ本もたくさん出せると。

聞き手となった、ブックセラピストの元木忍さん。

水野:そうなんです。ただレシピは要らないといいつつ、本書では基本から応用まで細かくグラムなどでレシピをのせていて。でもそれは、最終的にはレシピから脱却するための“型”みたいなものです。

元木:型を破るためには、まず型を熟知することで、レシピに頼らずとも自分好みのカレーが自由自在にコントロールできるようになるということですね。本書を出した理由は、もっと自由なカレーの作り方を提案したかったということですか?

根幹にあるのは、すべてのカレーに共通するGR(ゴールデンルール)。カレーの構造を理解するための普遍的な手順が1~7のステップで整理されていて、これさえ覚えれば空振りもファウルもなくヒットを打てる。また、各ステップを入れ替えるだけで味のアプローチが変わるとともに、各国カレーの概要設計も理解可能だ。

水野:カレーは嗜好品ですから、どうしても好き嫌いが出てくるはずなんです。なのでカレーの正解は、味わった人のなかにある。ですから、100点満点のおいしいカレーレシピを持ってるのは僕じゃなくて、あなたなんですよと。

元木:たしかにそうかもしれません。

水野:でも多くの人は、他人の正解に答えを求めようとしがち。でも僕はそれだと100点にはたどりつかないんじゃないかなと。他人のレシピを参考にするのではなく、自分の好みを知って、そのカレーを作るために何をすればいいのかを習得することが、徐々に90点から95点に近づき、やがて100点になるということを提案したいんです。これまで僕が書いたレシピ本でもスタンスは一緒ですが、その想いをマニアックに伝えているのが『システムカレー学』なのかなと思います。

「システムカレー学」をIT用語に例えるなら、プログラミング言語のオープンソース化。基本と応用を組み合わせることによって、イメージするカレーを多彩にデザインできる。本書ではその例として、11タイプのチキンカレーを紹介。

第1章ではゴールデンルールによる基本のカレーを解説し、第2章でクリーミーやドライといった7種のチキンカレーを例にアレンジを紹介。そこに続くのが、カルチャーとサイエンスで、地域ごとに異なる調理法の特徴を解明している第3章。なかには、日本のカレーが世界一といえるほど玉ねぎの脱水にこだわっている……という驚きの事実も!? 水野さんの語りは続きます。