冬の京都は寒い。盆地特有の底冷えに、まるで身を切られるよう……。そんな過酷な季節に、しかももっとも寒い朝から、京都の街にぜひ繰り出してほしい理由があるのです。それは、朝にだけ見せる古都の“顔”を垣間見られ、さらにハイシーズンには非公開の秘宝をゆったりたっぷり鑑賞できるから。
ではさっそく、早起きして得たい今だけの“三文の徳”を紹介しましょう。
1. 美しい朝焼けを拝む
空気が澄んだ冬だからこそ、いつもより美しく空に映える朝焼け。おすすめは、真言宗の総本山、東寺から眺める朝日です。人通りも少なく、冷え込んだ時間帯ですから、しっかりと厚着をして待ちましょう。
朝日を拝む絶好のスポットのひとつは、南大門そばのお堀外周から、東寺のアイデンティティというべき五重の塔“抜け”のアングルを狙う場所です。歩道や歩道橋から眺められるので、拝観時間を気にする必要はありません。
そしてもうひとつ、予約してでも体験してほしいのが、東寺の“中から”眺める日の出。こちらはたった3日間だけの貴重な体験です。日の出前の境内はライトアップされ、幽玄な雰囲気。境内が徐々に明るみ、やがて朝日が射し込む様子に心が洗われます。6:00から大日堂で行われる法要「生身供」にも参加可能。
真言宗総本山 東寺(教王護国寺)
京都府京都市南区九条町1番地
http://www.toji.or.jp/
「千年の都の夜明け 世界遺産『東寺』早朝特別拝観」
実施日:2019年3月24日・30日・31日
集合時間:5:50
http://souda-kyoto.jp/travelplan/akebono_sp/index.html
2. 絶好のポイントから京都の街を一望する
京都観光のメッカともいえる、清水寺。“清水の舞台”として誰もが知る「本堂舞台」は目下、50年に一度の大修理に入っています。一生のうち、仮囲いに被われた舞台はこの一度しか見られないかも、と思えば貴重な体験に思えてきます。
工事の内容は、再建された1633年当時の清水寺伽藍の再現を目指した、瓦屋根の檜皮葺(ひわだぶき)への履き替えや、老朽化した柱の刷新など。丸太の途中を切り取り新材に嵌め替える“根継ぎ”や“束柱(つかばしら)”などの伝統工法を、後世に伝える役目も担っているといいます。
このように舞台は工事中(一部開放中)ですが、朝訪れれば絶好の眺めを目にすることができるチャンスでもあります。それは、かつては天皇の勅使だけが通行を許されたという、清水寺の西門(さいもん)から見晴らす京都の街。通常は閉鎖され通行することができませんが、早朝だけのツアーに申し込めば入場でき、「浄土がある」と言い伝わる“太陽が沈む先”を望めるのです。
通常の開門は6時。ツアー参加者しかいない静謐な境内で、重要文化財の西門に入場し、夜明け前の“夜景”を鑑賞。こののち、経堂参拝、般若心境のお勤めなどが待っています。
3. 僧侶と朝の“お勤め”をする
清水寺では、続いて、重要文化財で通常非公開の経堂に入場。ここの見所はなんといっても、鏡天井に墨絵で描かれた円龍。早朝の暗がりでトップライトのないお堂内で仰ぐ龍は、大迫力で迫ってくるようです。
その後、本堂でお坊様とともに朝のお勤め=読経を体験します。参加者は般若心境の一部写し(ふりがな付き)を受け取り、お坊様と声をそろえて唱えることができます。名所・清水寺の本堂で読経できるとは、貴重な機会になるでしょう。
音羽山 清水寺
京都府京都市東山区清水1-294
https://www.kiyomizudera.or.jp/
「世界遺産を守る「平成の大修理」の現場に迫る!-清水寺&平等院-」
実施日:2019年2月10日・11日、3月3日
集合時間:4:20
http://souda-kyoto.jp/travelplan/akebono_sp/index.html
4. “極楽浄土”に行く
上の早朝ツアーは、清水寺のあとに、十円玉の面に描かれていることで有名な宇治の世界遺産、平等院へ向かいます。2012年からおよそ2年をかけて行われた修理によって、鮮やかな彩色を取り戻した鳳凰堂が、くっきりと水鏡に姿を映すのが見所ですが、早朝、やわらかい光の中でぼんやりと映る様子もまた一興でしょう。
ツアーで鳳凰堂内部に入れるのは3/3の回のみ。現在、堂内では修理が続行されており、壁面の復元図などは、国宝や重要文化財を展示する「鳳翔館」で見られます。ここでは平等院のなりたちや、極楽浄土だったはずが、江戸時代初期にはすっかり荒廃してしまっていたという、山あり谷ありの歴史も確認できて、知識欲が刺激されます。
そのなかで今回注目してほしいのは、鳳凰堂内部の壁面に点在する「雲中供養菩薩像」です。いずれも雲に乗って、合掌して印を結んだり、楽器を演奏したりとさまざまな態勢をとっており、ひとつとして同じものはありません。とくに琴や琵琶のほか、見慣れない楽器類を持った像が30体近くもあり、平安時代にはこんな楽器があったのか!と新しい発見がたくさん。
平等院
京都府宇治市宇治蓮華116
https://www.byodoin.or.jp/
以上4個の“徳”は、こちらから事前予約が必要です。実施日が限られているのでご確認を。
【information】
「春はあけぼの 京都の世界遺産いちばん乗りツアー」
http://souda-kyoto.jp/travelplan/akebono_sp/index.html
5. 料亭で雅な朝粥をいただく
朝早くから行動すると、おなかが空くはず。およそ450年の歴史を誇る老舗料亭、瓢亭(ひょうてい)の別館では、毎日午前8時から11時まで、おかゆが提供されており、とくに3月15日までは冬季限定で、「鶉がゆ(うずらがゆ)」がいただけます。
税込4500円と、朝からなかなかの贅沢ですが、クオリティはお値段に見合うもの。1日のはじまりに、南禅寺まで足を運び、ちょっと奮発してみてはいかがでしょうか。
瓢亭
京都府京都市左京区南禅寺草川町35
http://hyotei.co.jp/
早起きをすれば、その後の名所への訪問にたっぷりと時間を割けるもの。日中に行いたい、今だけの特別な体験を、引き続き紹介していきます。
世界中から観光客が押し寄せる京都ですが、1年でもっとも賑わうのはやはり、桜と紅葉の季節。続いて、葵祭(5月)・祇園祭(7月)・時代祭(10月)の京都三大祭の時期で、つまり今は、オフシーズンにあたります。そんな混雑を避け、ゆったりのんびりと古都を味わえるのが「京の冬の旅」シリーズ。今年で53年目を数えるという、昭和から続く静かなる人気企画です。
2019年の「京の冬の旅」は、「京都にみる日本の絵画〜近世から現代〜」がテーマ。今年9月に京都市内で開催される国際博物館会議京都大会「ICOM KYOTO 2019」に因んでいるとか。このテーマの下、15の寺院で平時は非公開とされている、通常時は非公開の文化財が特別公開されています。
早起きしてできた時間を活用すべく、ぜひ訪ねてほしい寺院と秘宝を厳選してお届けします。
6. 古と現代の絵の競演を堪能する
約1100年もの間、日本の都であり文化・芸術の中心地だった京都には、現在も国宝・重要文化財級の名画が数多く残されています。かつては、公家や武家など高位につく実力者の屋敷や、由緒正しい寺院に飾られ、限られた人たちだけが楽しんできた美しい絵画を、現代の私たちは目にすることができるのです。
東山地区にある臨済宗建仁寺の周囲にある塔頭寺院(たっちゅうじいん・中心となる寺に属する子院のこと)には、数々の時代を経た名画と、現代に新たな手法・作風で描かれた新作画が存在します。いずれも小さな寺院ですが、それぞれたっぷりと時間をかけて堪能したい作品ばかりです。
仏の尊称のひとつ“両足尊”にちなんで名付けられた両足院には、桃山時代を代表する絵師・長谷川等伯による「「竹林七賢図屏風」(1607年)が。経年を反映して、色は全体的に茶色がかりところどころ破れてはいるものの、大胆に人物が配置され、威風堂々とした佇まいに年月を超えて圧倒されるようです。
この両足院ではそのほか、同じく等伯晩年の「水辺童子図」や、“鶏の画家”として知られる伊藤若冲が描いた「雪梅雄鶏図」(2月1日〜25日の展示)なども特別公開されています。
古の名画の数々は離れなどに安置されており、庭に面した主室を飾り大迫力で迫ってくるようなのが、新作の襖絵「教外別伝図(きょうげべつでんず)」です。これは、道釈画家(水墨画の中で、道教と仏教に関する人物画を描く画家)の七類堂天谿(しちるいどうてんけい)氏が2004年に完成させたもの。
副住職の伊藤東凌さんによると、画家とともに「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を超える絵にしよう」と構想し足掛け7年かけて完成させたものだといいます。泰然と座る釈迦の存在感と、説法に集まった弟子たちの、戸惑いや心のざわめきが伝わってくるようです。
建仁寺 両足院
京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町591
※文化財の写真は特別な許可を得て撮影しており、一般の方は撮影禁止です
同じく建仁寺の塔頭寺院、正伝永源院(しょうでんえいげんいん)は、鎌倉時代に端を発し、織田信長の弟・織田有楽斎(おだうらくさい)が再興、隠居所と茶室「如庵」を建てた寺で、安土桃山時代の絵師・狩野山楽による襖絵「蓮鷺図(れんろず)」を鑑賞することができます。
またこの正伝永源院は、熊本藩主・細川家の菩提寺としても知られます。この縁から、元首相・細川護熙氏によって2013年春に奉納されたのが、襖絵「四季山水図」。構想に3〜4年かけ、春の絵「知音」はこの寺の書院に2週間こもって仕上げたというものです。
さて、この織田有楽斎は元の名前を長益といい、有楽斎とは茶人としての名前。銀座の「数寄屋橋」とは、有楽斎の茶室(数寄屋)がかつてその場所にあったことから名付けられたのだとか。建てた茶室のなかで、国宝に指定されたのがここ正伝永源院に作った「如庵」です。
現在、庭園には、1600年頃に建てられた茶室「如庵」が復元されているのでこちらも注目。千利休はひたすらに小さな空間を求めましたが、大名茶人だった織田有楽斎は、“武将の点前”を大事にして小さなスペースをいかに広く見せるかにこだわりました。
建仁寺 正伝永源院
京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町586
※文化財の写真は特別な許可を得て撮影しており、一般の方は撮影禁止です
7. 巨大な御仏を拝み、涅槃図に猫を探す
仁和寺や龍安寺の裏手にある転法輪寺は、穴場的な名所です。知る人ぞ知る存在ながら、いくつもの寺宝を至近距離で見学できるのは、ほかにはない魅力でしょう。
転法輪寺のアイコンは、本尊の阿弥陀如来坐像。高さが約7.5mもある、京都最大級の仏像です。絨毯敷きの小さなお堂のなかに座って手を合わせると、巨大なお姿に見下ろされ、見守られているような気持ちになります。
堂内の、大仏様に向かって左手にかかっているのが、こちらも巨大、幅3.9m高さ5.3mの大きさを誇る「釈迦大涅槃図」です。涅槃図とは釈迦の“涅槃”、つまり死の場面を描いた図。釈迦が沙羅双樹の下に横たわり、周囲を菩薩をはじめさまざまな生き物が取り囲んで嘆き悲しむところへ、釈迦の生母である摩耶夫人(まやぶにん)が降下する様子を描いています。
さまざまなエピソードが盛り込まれる中で、ぜひ涅槃図から「ウォーリーをさがせ!」ばりに探してみて欲しいのが、猫。
そのエピソードとは、「摩耶夫人は死を間近にしたお釈迦様のために、天から起死回生の霊薬を持参、下界に向かって投げ落とします。ところが霊薬を包んだ袋は沙羅双樹にひっかかってしまいました。そこで集まった生き物の中からネズミが木に登って薬をとってこようとしたのですが、猫がそのネズミを捕らえてしまったため薬はお釈迦様に届くことなく、そのまま亡くなってしまいました」というものです。
そんな猫は疎まれ、しばらく涅槃図に描かれない時代が続いたそう。その後、罪を許されたのか? 江戸時代になって涅槃図に復活することになったのですが、“活動再開”の初ステージが、この転法輪寺の涅槃図なのです。
涅槃図には、ほかにもいくつものストーリーが盛り込まれています。さまざまな登場人物を涅槃図のなかに探しながら、じっくり鑑賞してみてください。
転法輪寺
京都府京都市右京区龍安寺山田町2番地
早朝から行動することで楽しめる“冬の京都”文化財の公開日や拝観時間などは各々異なるので、事前にチェックして訪れてみてください。
【information】
京都デスティネーションキャンペーン「第53回 京の冬の旅」
2019年1月1日〜3月24日
https://ja.kyoto.travel/
取材・文=@Living編集部 撮影=@Living編集部、JR東海