CULTURE 人・本・カルチャー

シェア

1億5000万年かけて生まれる手書き文字。「製硯師」青栁貴史が没頭する
硯と毛筆の奥深い世界

TAG

硯は、人に使われて初めて完成する道具

硯の製作技術や石を学び、追求してきた中で、青栁さんはこの春ひとつの面白い試みを実現させました。アウトドアブランド「モンベル」とコラボレーションして作った小さな携帯用毛筆セット“野筆”の発売です。

「良い硯を作ること、寶研堂という専門店の信頼を守り続けること。これを全うしながら、現代日本で硯を使う事柄、シーンを作っていくことも、製硯師の仕事なのではないかと思うようになりました。そこでやってみたのが、モンベルさんと製作した野筆。おかげさまで完売して入荷待ちという状況にまでなったんです。Instagramに“♯野筆”というハッシュタグができて、河原で文字を書いている写真がアップされたりしました。今どきは書道用品店でも硯が売れないからと扱わない店が増えているというのに、なぜか全国のアウトドアショップで硯が売り切れているという(笑)。今までいろんなメディアで硯のことをお話ししたりアピールしてきた僕らにとって、こういう動きがあるってことが、一番大事なことだったと気付きました」

青栁さんとアウトドアメーカーのモンベルが共同開発した「野筆セット」(税抜き・8500円)。フィールドで毛筆を楽しむというアイデアが見事ヒットし、一時期店頭在庫が売り切れになるという事態に! 宝研堂では少量取り扱いがあるが、モンベル店頭では、次回の入荷は2019年秋を予定している。
青栁さんとアウトドアメーカーのモンベルが共同開発した「野筆セット」(税抜き・8500円)。フィールドで毛筆を楽しむというアイデアが見事ヒットし、一時期店頭在庫が売り切れになるという事態に! 宝研堂では少量取り扱いがあるが、モンベル店頭では、次回の入荷は2019年秋を予定している。

モンベルオンラインストア
https://webshop.montbell.jp/

 

野筆を手にしたユーザーは、いわゆる書道のように背筋をピンと張って書に向き合うのではなく、岩場やキャンプサイトで思い思いに筆を走らせているのだそう。

「SNSで反響を見ていると、みんな書道のようにキレイな字を書かなきゃっていうプレッシャーを感じてない。構えずに、のびのびと絵や文字を書いてるんですよね。それは、従来の僕らが考えつかなかった動き。毛筆ってやってみればすごく楽しいし、意外とどこでも使える便利な道具。みんなはそれに気づいていないだけで、毛筆を持つって実は便利なんだよってことを、僕はずっと知って欲しいと思っていて。なぜなら硯って、持ち主が使い込んで、傷ついたりすり減ったりすることで初めて完成するものだからです」

青栁さん自身、普段はメールよりも毛筆でFAXを送る派。なぜなら、パソコンを起動するよりもその方が早いし、紙に書くことで内容が記憶に残りやすくなり、メッセージを送る相手のフルネームと顔がちゃんと一致するようになるからだそう。

「浅草には、江戸すだれとか提灯のようないいものを作ってる人がたくさんいます。江戸すだれだって、実際の生活に取り入れたら実は便利なんだけれど、それに気づいてない、知らないという方も多いでしょう。毛筆も実はすごく身近なで便利な筆記具なのだから、それを現実的な選択肢として見せていくことも、僕らの仕事なんだと思うんです。いいものを作ったらそれで終わりではない。だからといって、僕は毛筆という文化、道具を後世に遺そうというような、そんな尊大な使命感のもとに仕事をしているわけでもありません。だって僕一人が硯を作り続けたところで、存続を守れるようなものじゃないですからね(笑)。そうではなく、毛筆という文化に本当に力があるならば、それは当たり前に残っていくんじゃないかな。下火ながらも、一般の筆記具のなかに筆や硯が未だ残っているのは、それに魅力があり、何より生き残っていくだけの力があるからだと、僕は思っているんです」

青栁さんは現在、ペンケースのような感覚でビジネスマンや学生などが毎日持ち歩けるような毛筆セットを密かに考案中。イメージしているサイズで試作品を自ら手作りし、毎日持ち歩いて使い勝手を検証しているそう。
青栁さんは現在、ペンケースのような感覚でビジネスマンや学生などが毎日持ち歩けるような毛筆セットを密かに考案中。イメージしているサイズで試作品を自ら手作りし、毎日持ち歩いて使い勝手を検証しているそう。

青栁さんがこうも石や毛筆にこだわる理由をうかがえたところで、硯づくりの現場、またそこで生み出されたお気に入りの作品を見せていただきましょう。