メールやSNSなどで、誰もが活用しているであろう絵文字。今や、世界中で愛される存在となりましたが、元はといえば日本が生んだ文化であることを知っていましたか? 1999年にドコモが発売したiモードをきっかけに、国内外へと広まっていったのです。そこで今回は、iモード発売時に絵文字開発に携わった栗田穣崇さんを取材。生みの親である栗田さんならではの視点から、当時の裏話や現在の絵文字事情などについて語っていただきました。
無機質メールの冷たさを和らげたい!
絵文字開発が始まった経緯とは
絵文字開発が始まったのは1998年。当時、栗田さんはiモード(携帯電話によるインターネット接続サービス)開発チームの一員でした。同サービスの機能の一つ、iモードメールに、他社にはない特徴を加えられないか考えていたところ、ポケベルユーザ時代に感じていたとある経験を思い出し、「絵文字」を提案したといいます。
「皆さんは、突然『ナニシテルノ?』というメッセージが届いたらどう感じますか? 仮名文字だけの無機質なメッセージでは、相手がどんな温度感で送ってきたのかが分からず、『もしかして怒ってる!?』『なんて返したらいいんだろう』などと一瞬戸惑うのではないでしょうか。しかし『ナニシテルノ?(ハートマーク)』であればどうでしょう。同じ内容でもハートマークが付くだけで一気にポジティブな印象となり、戸惑いもなくなるはずです。
テキストメッセージの難しさとハートマークの偉大さ。僕はいちポケベルユーザーとして、これらを強く感じていました。そのため、相手の温度感を伝える絵文字を充実させれば、よりコミュニケーションがスムーズになると考えたんです」(栗田穣崇さん)
熱い思いは実を結び、無事、絵文字機能の搭載が決定。その後も栗田さんは、絵文字の企画担当を務めることとなりました。
日本生まれの絵文字・漫画・ピクトグラム
共通点は、表意文字との類似性
絵文字を作るにあたり、まずは必要な絵柄のリストアップが行われました。その際インスパイアを受けたというのが、これまた日本生まれの漫画とピクトグラム。一体どういった点を参考にしたのでしょうか?
「利用シーンを想定すると、絵文字の種類は大きく2つに分けられました。ユーザーのやり取りに必要な『感情』を表す絵文字と、iモードで天気・ニュース・タウン情報などを伝えるのに必要な『情報』を表す絵文字です。そこで前者は、汗や怒りなどの誰もが分かる感情表現を記号で多用している『漫画』を。後者は、実際で街で使われている記号=『ピクトグラム』を参考に、具体的にリスト化していきました」(栗田さん)
絵文字と漫画とピクトグラム。いずれも日本を起点に普及していった背景について、栗田さんは「日本人は表意文字に馴染み深い点が関係している」といいます。
「僕たちが普段使っている漢字は、表意文字にあたります。『僕』『使』という字を見たら『自分自身』『用いる』などの意味が思い浮かぶように、一字一字に意味が込められているんです。形から意味を連想させることに馴染みのある日本人は、記号から感情・情報を受け取る文化との親和性が高かった。これこそが、絵文字・漫画・ピクトグラムが日本発である理由と言えます」(栗田さん)
日本生まれの街の記号「ピクトグラム」とは?
ちなみに「ピクトグラム」とは、公共施設に多くみられるトイレや非常口などといったマークのこと。言葉を使わないシンプルな案内表示があることで、年齢や国籍を問わず、誰もが簡単に目的地へとたどり着けます。企業ロゴについて解説してくださった、グラフィックデザイナーの佐藤浩二さんによると、ピクトグラムは「おもてなしの精神がある日本だからこそ、生まれた文化」なのだとか。
「外国人が多数来日する1964年の東京オリンピックを前に、当時の著名若手デザイナーらによって作られました。英語が話せない日本人が多い中、来日した外国人観光客たちが困らないようにと思いついたアイデアであり、もしその年が他国での開催だったら、未だに存在していなかったかもしれません。
また、ピクトグラムが完成した際、デザイナーが著作権を放棄し、誰もが自由に使えるようにしたんです。それこそが、瞬く間に世界へと普及していった所以であり、今もなお当時のデザインがベーシックとして使われている要因ともいえます」(グラフィックデザイナー・佐藤浩二さん)
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iモード時代からぶれない
「絵文字=文字の一部」という考え方
リストアップの後、建築家・青木淳さんによってデザインに起こされ、世界初の絵文字が完成しました。当時を振り返っていただき、思い出深い絵文字について教えていただきました。
「ポケベル時代にその偉大さを感じていたので、絵文字を作る上でもハートマークは特に力を入れましたね。全部で200個しかないのに、5種類ものハートマークを用意したんです。すると発売後、女子高生の間で『本命の人に送るハートはどれだ』との議論が始まって(笑)。そんな意図はなかったのですが、ユーザー同士で盛り上がってくれたのはとても嬉しかったです。ちなみに当時の女子高生が本命用として使っていたのは、赤くて一番プリッとしたハートマークだったみたいですよ。
あとは僕がリストアップした絵文字の中で、唯一『うんち』だけが採用されなかったという裏話もあります。絶対に人気が出ると確信していたのですが、社内の猛反対を受けてあえなく諦めることとなりました」(栗田さん)
本命ハート論争が繰り広げられるなど、発売間もなく一般の人々へと普及していった絵文字。当然、他社もこぞって絵文字機能を搭載し始め、KDDIは可愛さを重視した絵文字を、ボーダフォンはアニメーションを取り入れた絵文字を売りにしていました。しかしドコモは他社に影響されることなく、ごくごくシンプルな絵文字のテイストを貫きます。
「僕の開発ポリシーとして、“絵文字は文字の一部”という考え方があります。文字に好き嫌いがないのと同じように、絵文字も好き嫌いがあってはいけないと思うんです。つまり『このデザインは嫌い』と感じる絵文字は、絵文字ではなく絵なんです。そのため、他社と比べるとシンプルなデザインではありましたが、その後もテイストは一切変えず、バリエーションを増やすにとどまりました」(栗田さん)
© NTT DOCOMO, INC.
世界中のコミュニケーションを豊かにしたemoji
絵文字は国内だけではなく、世界にも広まっていきました。そのきっかけとなったのが、2010年のUnicode採択です。Unicodeとは、世界中のあらゆる文字・記号を収録する文字コード規格のこと。同規格に採択されたということは、絵文字が文字として国際的に認められたともいえます。さらに、2016年にはニューヨーク近代美術館(NY MoMA)に絵文字が収蔵され、瞬く間に世界の「emoji」へと成長していきました。
「元々は国内向けサービスとして開発したため、海外で使われることは想定していませんでした。表意文字を使う日本人だからこそ馴染める文化だと思っていたので、正直驚きましたね」と栗田さん。さらに、日本と海外での使い方の違いについても、驚いたことがあるのだとか。
「海外に普及し始めたばかりの頃は、意味もなく大量の絵文字を付けるという使い方がされていました。ひらがな・カタカナ・漢字・英字を組み合わせて一文を作る日本語と違い、外国語は基本英字しか使用しないため、文の中に英字以外の文字が入ってくること自体が新鮮だったみたいです」(栗田さん)
スムーズなコミュニケーションを実現するために開発された絵文字は、海外の人々のコミュニケーションを豊かに、楽しいものへと変えていきました。栗田さんの元には、時に「絵文字を作ってくれてありがとう」という手紙や、「こういう絵文字を作って欲しい!」というSNSのメッセージが届くそうです。
「最近驚いたのが、海外で僕の名前をタイトルにした曲が作られていたことです! 絵文字について歌った曲で、思わず笑ってしまいましたね。嫌な気持ちは全くしないのですが、さすがにちょっと恥ずかしかったです(笑)」(栗田さん)
“文字”から“絵”へ。
現在の絵文字が抱える課題
文字の一部として絵文字を開発した栗田さん。現在の絵文字について「文字から絵になってしまっており、だからこそさまざまな課題が出てきている」と話します。
「現在の絵文字はカラフル且つバリエーション豊かな点が一番の特徴と言えるでしょう。しかし僕からすると、それはもはや絵。肌や髪に色を付けたがために、多様性に応じたバリエーション展開が求められたり、各国のローカルフードなどといったニッチな絵柄を追加したがために、あれもこれもとキリがなくなってしまったりしているのです。
また、2016年にiOSの拳銃の絵文字が水鉄砲に変わりましたが、これも妙な話だと思います。『銃』という漢字は禁止しないのに、なぜ『銃の絵文字』は差し替えられるのか……。文字の一部として捉えていれば、起こりえないことですよね。他人が見て不快に感じる絵文字の使い方をしている場合には批判されるべきですが、あくまでそれはユーザー側の問題。絵文字に罪はないので、もっと自由であってほしいです。
もちろん絵になったからこそ、コミュニケーションがさらに豊かなものになったなどの良い面もあると思います! 僕自身、『考える人』の絵文字をデザイン自体の面白さに惹かれて使っていたり、『好物である鰻の絵文字が追加されたらいいな』と考えてみたり、絵としての絵文字を楽しんでいますしね。どちらが正しいとかはないのですが、少なくとも先のような課題についてはクリアにする必要があると思います」(栗田さん)
「おじさん構文」はiモード時代の名残⁉
世代間で異なる絵文字の使い方
時代で変化してきたものといえば、ユーザーの絵文字の使い方もその一つ。最近よく耳にする「おじさん構文」も、使い方の変化が大きく関係しているのだとか。
「iモードの誕生を直に感じた世代と、使い始めた時には既に絵文字が普及していた世代とでは、絵文字に対する依存度が全く異なります。
前者の場合、iモード時代の『限られた文字数の中で、いかに絵文字を多用するか』という意識が残っている人が多くいます。それ故に、ここぞとばかりに絵文字を散りばめたメール、いわゆるおじさん構文になってしまいがちなんです。反対に、後者は『絵文字が使えるのは当たり前』という認識のため、依存度はかなり低め。1センテンスに0~2個など比較的あっさりとした絵文字の使い方をする人が多いので、上の世代が絵文字を多用することに対して敏感なのかもしれません」(栗田さん)
「色々とお話させていただきましたが、正直僕自身はそんなに頻繁には絵文字を使いません(笑)。ただ、絵文字を使ってメッセージを送ってくださった方には、できる限り絵文字の入った文で返すようにしています。絵文字を付ける時って、『この内容にはどれが良いかな』と一瞬考えるじゃないですか。その労力に応えたいという気持ちがあるんです。
もちろんこれは個人的なこだわりなので、皆さんは自由に、好きに、絵文字を使ってください! コロナ禍で対面コミュニケーションが難しくなった今は、ビジネスの場で絵文字を使うなんてことがあって良いのではないでしょうか。コミュニケーションを円滑にする手段として、存分に活かしてもらえれば、生みの親としては嬉しい限りです。これからも子どもを見守るような感覚で、絵文字の活躍を見守っていきたいと思います!」(栗田さん)
Profile
株式会社ドワンゴ 専務取締役COO / 栗田 穣崇
専修大学経済学部卒業後、株式会社NTTドコモへ入社。1997年からiモード開発チームに参加し、絵文字開発に携わる。その後、株式会社ドコモ・ドットコムやぴあ株式会社などを経て、2015年に株式会社ドワンゴへ入社。現在は同社の専務取締役COO・「niconico」運営代表・カスタムキャスト取締役などを務めている。
Twitter https://twitter.com/sigekun
※「iモード」は、株式会社NTTドコモの登録商標です。
取材・文=横塚瑞貴(Playce) 協力=NTTドコモ