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先祖を思い、自らを顧みる機会に。「お彼岸」の大切な意味

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もうすぐやってくる春分の日と、実りの秋に迎える秋分の日。それらを中日とした前後3日の7日間は、“お彼岸”と呼ばれています。お墓参りや仏壇の清掃など、ご先祖様を供養する日として認識している人も多いことでしょう。しかし本来のお彼岸をあらためて紐解くと、そこには私たちの人生にぜひ生かしたい、大切な意味が隠されていました。

お彼岸とは本来どんなもので、それはなぜ7日間に渡って行われるのか? まずは基本的なところから、和文化研究家の三浦康子さんに教えていただきます。

意味や由来は?
「お彼岸」の基礎知識

彼岸とは何を意味する言葉?

そもそも“彼岸”とは何を指している言葉なのでしょうか?

「彼岸とは、仏教用語で“あの世”を指す言葉です。対する私たちが生きている“この世”のことは、“此岸(しがん)”といいます。仏教の考えにおいて彼岸は西の方角にあり、対する此岸は東にあるとされています。つまり対岸の位置関係にあるわけです。
1年の中でも春分の日と秋分の日の頃は、昼夜の時間がほぼ同じになる時期。太陽がほぼ真東から昇り、ほぼ真西に沈みますから、仏教ではこの時期あの世とこの世がもっとも通じやすくなると考えられるようになりました。ですから、この時期にお墓参りなどをして、ご先祖様を供養する習わしが生まれたというわけです」(和文化研究家・三浦康子さん、以下同)

お彼岸の由来は?

お彼岸の行事は、いつ頃から行われているのでしょうか?

「歴史的に見ていきますと、だいたい平安時代のころから朝廷で“彼岸会(ひがんえ)”という仏教行事が行われるようになり、怨霊を鎮める読経などをしていたようです。これが庶民の文化として浸透していったのは、かなり後の江戸時代中期以降のことでした」

一説によると、彼岸には“日願(ひがん)”という意味もあると考えられているそう。

「“日”という漢字には太陽の意味があります。日本には天照大神に象徴される太陽信仰がありますから、“お天道様に願う”といった日本人特有の“日願”の心持ちが、お彼岸の習わしに結びついたという説もあります。現に、仏教国のなかでもお彼岸の習わしを持つのは日本だけです。そういった意味でも、太陽信仰とお彼岸には深い結びつきがあると考えられています」

お盆とお彼岸の違いとは?

日本の先祖供養には夏の“お盆”という行事もあります。お盆とお彼岸は何が違うのでしょうか?

「お盆というのは、あの世(極楽浄土)からこの世(現世)に帰ってくるご先祖様を家に迎えてともに過ごし、ご供養した後にまたあの世へと送り返すという行事。
対してお彼岸は、あの世とこの世が1年のなかでもっとも通じやすくなる期間のことをいいます。だからこの機会にお墓参りや仏壇の掃除をして、日頃の感謝を伝えるといったことをするわけです。また、お彼岸は自分自身も悟りの境地へ到達するために修行を行う期間といわれています」

お彼岸の“六波羅蜜”とは?
自分と向き合う時間をつくる機会

ちなみに2024年の春は、3月17日が“彼岸入り”で、20日の春分の日をはさみ、23日で“彼岸明け”となります。なぜ7日間もの期間があるのでしょうか?

「仏教の教えの中に、“六波羅蜜(ろくはらみつ)”というものがあります。六波羅蜜は悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目で、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)の6つです。本来のお彼岸の習わしには、中日にあたる春分の日と秋分の日に先祖供養を行い、残る6日間はこの六波羅蜜の6つの修行をすることで、悟りの境地を目指すという意味があるのです」

六波羅蜜の修行とは、わかりやすくいうと以下のような内容だそう。

・布施(ふせ)……他者に親切にする
・持戒(じかい)……言行一致、約束を守る
・忍辱(にんにく)……短気を起こさず忍耐強くいる
・精進(しょうじん)……努力をおしまず精進する
・禅定(ぜんじょう)……反省をする
・智慧(ちえ)……学び人格を高める

「この六波羅蜜を実践している人はどういう人かというと、親切で約束を守り、忍耐強く努力家で、失敗したら素直に反省し、知識を高めて人格形成につとめる人。だから周りの人に好かれます。逆にこの反対をやっている人というのは、ケチで約束を破り、短気で怠け者で飽きっぽく、嫉妬深くて人を恨んでばかりいるから、みんなから嫌われてしまうんですね。そうならないように精進しなさいというお釈迦さまの教えが、六波羅蜜なのです」

つまりお彼岸とは、今に生きる自分へと命を繋いでくれたご先祖様へ感謝をするのと同時に、自分自身とじっくり向き合う期間ともいえそうです。

「その通りです。お彼岸の期間は芽吹きの春と実りの秋ですから、季節の移り変わりを感じられるよき節目でもあるんですね。たとえば春のお彼岸なら、これから新たに始まる新年度、新生活などに対する誓いを立てたり、ご先祖様に“見守ってください”とお祈りするのもいいかもしれません。一方の秋のお彼岸は、それまでの振り返りや反省などにちょうどいい時期といえるでしょう」

お墓参りやお供物のルールは?
お彼岸に私たちがすべきこと

お墓参りはいつすればいい?

お彼岸と聞いてまず思い浮かべることといえば、お墓参りや仏壇の清掃、お寺での法要です。まず、お墓参りに行くタイミングはいつが正しいのでしょうか?

「行く日にちや回数に決まりはありません。最低限として、お彼岸の期間中に1回お参りできればいいと考えてください。祝日になっている春分の日と秋分の日に行く方も多いと思います。仏壇も同じで、期間中にお掃除をし、お線香を上げてお菓子や花などをお供えすると良いでしょう」

とはいえ、正月や夏の休暇と違って現代人の春は多忙なもの。帰省やお墓参りも容易ではないのが現実です。

「そもそもお墓がある故郷に住んでいない方も多いでしょう。もちろんお彼岸に帰郷してお墓参りができたら一番いいのですが、それが叶わないならば、ご自宅でご先祖様に手を合わせるだけでも十分だと思います」

そのとき、家に仏壇や故人の写真すらもない場合は……?

「お供え物の基本は、香・花・灯・水・食べ物の5つです。お線香やろうそくがなければアロマキャンドルで代用する、お庭の花を飾ってみるなど、できることをしてみてください」

ぼた餅とおはぎの違いは?
お彼岸に食べるもの

お彼岸の“お供え物”として、決まっている食べ物などはあるのでしょうか?

「とくに決まりはないのですが、故人がお好きだった食べ物や料理を供えてもいいでしょうし、定番としては“ぼた餅”があります。お餅は五穀豊穣、小豆は赤い色が魔除けに通じると考えられていることから、日本の行事で幅広く用いられてきました。今と違って昔は甘いものが貴重だったため、ぼた餅といえばごちそうで、大切なお客様のもてなしや寄り合いなどで振舞われ、ご先祖様にもお供えしてきました。お彼岸におなじみなのもそのためです」

ぼた餅ではなく、“おはぎ”をお供えしてもいいのでしょうか?

「おはぎでもいいですよ。ぼた餅とおはぎは基本的には同じもので、その季節の花に見立てて呼び名や形を変えていたからです。春のお彼岸には、牡丹の花のように丸くてぽってりとしたこしあんのぼた餅で、漢字で“牡丹餅(ぼたもち)”と書きます。そして秋のお彼岸には、萩のように小ぶりで小判型をした粒あんの“御萩(おはぎ)”をお供えしていました。今はこうした違いにこだわらないものが多くなりましたが、季節で区別していたわけです」

地域で異なる風習に対応するには?

お彼岸の習わしは、地域差はもちろん各家庭でも意識の違いがあるもの。「必ず何をしなければならない」といった明確なルールはあまりないのだそう。

「たとえば初彼岸(故人が亡くなって初めて迎えるお彼岸)で親族の家にお邪魔するなら、お供え物やご香典を包んでいく場合が多いですよね。でも、これから先もずっとそうすべきかどうかは、各々の家族の考え方や、関係性によるところが大きいと思います。心配なら、ご両親や他の親族の方がどうしているか、事前に確認してから訪問するといいでしょう」

彼岸の“ひと区切り”で
心がすっきりと整う

実際にお墓参りへ行けなくても、お彼岸の時期に先祖供養をちょっと意識するだけで、“心が整う”効果を感じられるそう。

「心で思うだけでももちろんいいのですが、仕事帰りにぼた餅を買ってきて、ご先祖様にお供えして思いを馳せてみる。そのようにお彼岸を意識すると良いかと思います。それだけでも、『お墓参りに行けず申し訳ない』といった後ろめたい気持ちが和らいだりするものです。
実は、私も忙しいときにはそうしているんです。やはりお彼岸の時期にはぼた餅を食べたい……という理由もありますけれど(笑)、実際にやってみることで、気持ちがすっきりと整う感じがします。ちなみに、お供えものは必ず下げて自分たちでおいしくいただきましょう。それも大切なことです」

肝心なのは形やルールではなく、ご先祖様を思い、感謝する心を持つこと。お彼岸という古来からの習わしが、忙しく過ぎていく日常の節目となり、子孫である私たちの人生や暮らしをより豊かにするきっかけとなったなら……。これ以上の“先祖供養”はないのかもしれません。

Profile

和文化研究家 / 三浦康子

古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ウェブ、講演などで提案しており、「行事育」提唱者としても注目されている。連載、レギュラー多数。All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭もとる。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、監修書『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)ほか多数。
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取材・文=小堀真子