梅仕事やたけのこのアク抜き……季節ごとの食材を取り入れたていねいなお料理は、やっぱり魅力的。でも、「挑戦したいけれど、日々の忙しさに追われてそれどころじゃない」と感じることはありませんか
そんなモヤモヤに寄り添い、読者の心を温かいイラストで包み込んでくれるのが、イラストレーターの中山有香里さんです。中山さんの著書『1年のいたわりごはん日記』は、先日表紙をリニューアル。再び大きな話題を集めていますが、この本のなかでは中山さん自身が主人公となり、“がんばれない日も作りたい、春夏秋冬のレシピ”をコミックエッセイ形式で紹介しています。
本作に登場する絶品レシピの思い出から、イラストだからこそ表現できる温かみの秘密、 そしてメインテーマである「料理を通じて無理なく季節を楽しむためのヒント」まで、中山さんにたっぷりとお話を伺いました。
幼い頃の寂しさを包んでくれた、特別な味。
永遠の憧れ「ハニーマスタードチキン」
『1年のいたわりごはん日記』には、春夏秋冬それぞれの季節に合った30のレシピが登場します。なかでも中山さん一番のお気に入りは、冬の「ハニーマスタードチキン」。その理由は、幼少期のクリスマスの記憶にあります。
「私の両親は共働きでいつも帰りが遅く、一緒に遊ぶ友達が次々と家族が待つ家に帰っていくなかで、ちょっぴり寂しい思いもしていました。でもクリスマスの日だけは特別で、看護師の母が仕事帰りにスーパーでチキンを買って来てくれて。それを家族みんなで食べるのが、わが家のクリスマスの定番であり、最大の楽しみでした。
外食を楽しんでいる友達を羨ましく思うこともありましたが、私にとって『クリスマス=おうちで食べるチキン』が幸せの味だったんです」(中山有香里さん、以下同)
そんな思い出を胸に大人になった中山さんは、本書のレシピ制作を担当した料理家・ほりえさちこさんから「ハニーマスタードチキン」の作り方を教わり、大きな衝撃を受けたと言います。
「実際に作って食べた瞬間、『ああ、私が子どもの頃に食べたかった憧れの味は、まさにこれだ!』って、ものすごく感動してしまって。親が忙しいなかで頑張ってくれていたこともわかっていたし、スーパーのチキンもとってもおいしかった。だけど、手作りのチキンに心のどこかで憧れがあったんですよね。今度は私がクリスマスに両親に作ってあげたいな、と思える特別なレシピになりました」
ちなみに、中山さんいわく「このレシピのカギを握るのは、マスタードソース」なのだそう。冷蔵庫で余らせがちな調味料の代表格である粒マスタードが、抜群の存在感を発揮します。
「これまでは、ソーセージにつけるくらいしか使い道がなくて持て余していたのですが、このソースはおろしニンニクが効いていて食べ応えも十分! ハチミツの甘みで子どももパクパク食べられる味です。わが家でもすでに何度もリピートしています」
フライパンで簡単!「ハニーマスタードチキン」


【材料】(2人分)
鶏もも肉…大1枚(約330g)
塩・こしょう…各少々
A 粒マスタード・はちみつ・しょうゆ・酒・マヨネーズ…各小さじ2
おろしにんにく…小さじ1/2
オリーブ油…小さじ2
ベビーリーフ…適量
【作り方】
1.鶏肉は余分な脂と筋を除いて半分に切り、ペーパータオルで水分をふき取り、両面に塩、こしょうをふる。Aは混ぜ合わせる。
2.オリーブ油を熱したフライパンに、1の鶏肉を皮目を下にして並べる。フライ返しなどでときどき押さえながら、4分焼く。皮がパリッと焼けたら裏返し、さらに4分焼く。Aを加えて全体にからめ、器に盛り、ベビーリーフを添える(好みのゆで野菜やミニトマトを添えても)。
「写真と同じじゃなくていい」。
料理イラストに込める“温かみの魔法”
中山さんが描く料理のイラストは、見ているだけでお腹が空いてきて、心がほっこりする温かさに満ちています。しかし、かつては料理を描くうえでの葛藤もあったそうです。

「実は、私の兄も絵を描く仕事をしていて、よく仕事の相談をしています。料理のイラストを描き始めたばかりの頃、私は『食べ物を描くなら、できるだけリアルに近づけなきゃいけない』と思い込んでいました。でも兄から、『それだったら写真でいいじゃないか』と言われて、ハッとしたんです。
それからは、見たままを描くのではなく、『見た目よりももっとおいしそうに、できるだけ柔らかく、温かく』描くことを意識するようになりました」
リアルを超えた“イラストならではの魅力”を生み出すため、中山さんは具体的な技法にもこだわっています。
「料理を描くとき、ベースの色に『黄色』をよく使うようにしています。そうすることで、全体が明るく、やわらかな印象になるんです。
私が一方的に大好きで、いつも作品を読んでいる『のもとしゅうへい』さんというイラストレーターさんがいます。のもとさんの絵は、食べ物を通して心の繊細さや哀愁のような温かみが伝わってきて、いつも本当に素敵だなと憧れています。
食べ物のイラストを描くのは本当に楽しいです。もともと食べることも、料理することも大好きなので。のもとさんを始め、いろいろなイラストレーターさんの絵を見て『どうしてこんな風に素敵に描けるんだろう』と悩む日々ですが、少しでもお料理のおいしさが伝わるように、そして、私なりのエッセンスを加えて、さらなる魅力が増すように。そんな想いを込めて作品を生み出しています」
1%でも参加できれば、それは立派な「四季を楽しむていねいな暮らし」
梅仕事や季節の野菜の調理など、四季を味わうていねいな暮らしには誰もが一度は憧れるもの。中山さん自身は、どのようにして季節の味を毎日に取り入れているのでしょうか。
「私の住んでいるところはわりと田舎なのですが、近くに住む叔母が畑仕事をしていて、季節の野菜をおすそ分けしてくれるんです。すぐにおいしく食べられる状態で持って来てくれるので、それをありがたくいただいている状態(笑)。最近は自分でも季節の野菜をうまく調理できるようになりたいなと思って、スーパーの売り場で旬の食材を意識してチェックするようになりました」
また、本の中でも描かれている「梅仕事」に関しては、毎年、実家でお母様と一緒に梅干しを作っているのだそう。一年を通じて一番のイベントだと語る中山さんは、「お互いに作ったものを食べ比べしたりしています。もっと慣れたら紫蘇ジュースとかにも挑戦したいな」と声を弾ませます。

一方で、作中の「ハロウィンに、かぼちゃ入りアイスタルトを食べる」というエピソードのように、大それた料理やパーティーはしなくても、ちょっとだけイベントの仲間入りをするような楽しみ方にも深く共感させられます。
「仮装するわけでもないし、派手なことはできないけれど、街の雰囲気にほんのちょっとだけ、1%くらい参加させてもらおうかなっていう気持ちです。だから、ただ『かぼちゃを使ったおいしいものを食べる』。それだけで、『今年のハロウィンは満喫したな』って満たされた気持ちになれるんですよね」
完璧な歳時記じゃなくても、その「1%のワクワク」こそが心の潤いになります。最後に中山さんは、読者へ向けてこんなメッセージを寄せてくれました。
「今回の本は、私自身が毎日何かに追われて必死に過ごす中で、一年があっという間に過ぎている……という焦りから生まれました。お花見や花火大会など、シーズンごとのイベントに参加できなくても、毎日のごはんから季節を感じられるんじゃないか。疲れていても簡単にできるレシピで、慌ただしい日々の中でも季節を楽しめるように、って。
もちろん、実際にお料理を作らなくても、私のエッセイを読んで季節を感じたり、ちょっと満たされた気持ちになったりしてもらえたら、それだけでもう大満足です。忙しい日々の中で、ほんの少しでも『あ、いまってこういう季節なんだな』とホッとする時間を過ごしていただけたらうれしいです」
Profile

イラストレーター /中山 有香里
奈良県在住の看護師兼イラストレーター。『ズルいくらいに1年目を乗り切る看護技術』(メディカ出版)が累計21万部のベストセラーに。著書『泣きたい夜の甘味処』『疲れた人に夜食を届ける出前店』(ともにKADOKAWA)で、第9回、第10回料理レシピ本大賞 in Japan コミック賞を2年連続で受賞する。『1年のいたわりごはん日記』(ワン・パブリッシング)が、初めての日常系コミックエッセイとなる。
『1年のいたわりごはん日記』(ワン・パブリッシング)
著者:中山有香里/レシピ制作:ほりえさちこ
取材・文=水谷花楓